2007年7月16日月曜日

Mario Vargas Llosa

■五,六年前だったか、ペルーの作家バルガス=リョサは「戯曲をまた書きたいと思いませんか」という問いに、「初恋の相手はお芝居だった。今も題材が頭のなかにいっぱいある」と答えていた。

このほどそのうちのひとつが結実し、バルセロナの出版社から刊行された。ホメロスの『オデュッセイア』を翻案した『オデュッセウスとペネロペ』だ。表紙には白いあごひげをたくわえたリョサとペネロペを演じたスペインの女優アイタナ・サンチェスが見つめあっている。

じつは昨年の夏、メリダ(スペイン南西部の都市)にあるローマ時代の劇場でこの戯曲が上演されたのである。脚本を手がけただけでなくリョサは自ら英雄オデュッセウス(英語ではユリシーズ)を演じてみせたのだ。

トロイ戦争へ出かけ、各地を放浪の末に故郷に帰ってきたオデュッセウスが、苦難の歳月を貞淑な妻ペネロペに語ってきかせる。それがリョサの役どころ。その傍らでアイタナ・サンチェスは、ペネロペや旅の途中でオデュッセウスが遭遇する一つ眼の巨人キクロペス、あるいは魔女キルケや甘美な歌声のセイレンにつぎつぎと変身していくのである。

そうした仕掛けは、リョサの八〇年代の戯曲『タクナのお嬢さん』(1981)や『キャシーと河馬』(1983) にどこか相通じるものがある。ただし舞台の上で演じられるのは、作家が物語を書くことの不思議ではなく、物語を読むことの、あるいは語ることの不思議と喜びである。

ステージから降りてきたリョサは舞台俳優としての自己採点を聞かれて、「下手だったといえば謙遜にすぎるし、冴えていたといえばうぬぼれになるな」と答え、出来映えにはまんざらでもなさそうだった。

今年七一歳になったリョサだが、たいへんに若々しい。美貌のアイタナ・サンチェスとの共演はこれからも続く。次回作『千一夜物語』の完成も間近いという。こんどの役柄は、シェヘラザード姫に物語を語らせるあの非情なペルシアの王様だ。
「北海道新聞」2007-7-10