2007年3月18日日曜日

Mario Vargas Llosa

■ペルーの作家マリオ・バルガス=リョサの新しい長編『すぐむこうの楽園』が、このほど(2003年3月)スペインのアルファグアラ社から刊行された。またも五百ページ近くの大作である。後期印象派の画家ポール・ゴーギャンと、その祖母フローラ・トリスタンが主人公だ。ゴーギャンが、南太平洋マルケサス諸島のヒヴァ=オア島で亡くなったのは一九〇三年だから、今年でちょうど百年になる。

リョサが昨年、タヒチへ取材に出かけたことは、ペルーの雑誌の記事で知っていたが、どうやらその折りに、娘のモルガナ・バルガス=リョサが同伴していたようで、彼女の手になる写真集『楽園の写真』も、父親の小説と同時に出版された。

日本では画家ゴーギャンはあまりにも有名だが、祖母のフローラ・トリスタンのことはあまり知られていない。彼女はフランス生まれだが、父親はペルー人で、十九世紀の前半に、父親の故郷を訪れたさいの見聞をまとめた著作もある。その縁で、ペルーの文学史にも登場する。とはいえ、フローラ・トリスタンは、いまでは、むしろ労働者の団結や、女性の地位向上をいち早く訴え、その実現のために先駆的な働きをした女性として、世界的に評価されているのである。

バルガス=リョサの『すぐ向こうの楽園』では、このフローラと孫のゴーギャンの波乱にみちた生涯が二十二章にわたって交互に語られる。フローラは熱情にかられたように「理想」を追い求め、孫のゴーギャンもまた、この地上に「楽園」を求めてタヒチへおもむく。素朴な人びとや手つかずの自然、横溢する生命力をそこに見いだすわけだが、最後の章でリョサは、ほとんど目の見えなくなった悲惨な姿のゴーギャンに、ここは楽園などではなかった、自分は日本に行くべきだったといわせるのである。

表題の『すぐむこうの楽園』は、手が届きそうで永遠に手が届かないユートピアの本質を暗示している。
「北海道新聞」2003-7-29