2007年5月13日日曜日

Octavio Paz

■ペルーのカトリカ大学の出版局から芭蕉の『奥の細道』のスペイン語訳が送られてきた。

いつものように茶封筒に、麻ひもでくくっただけの簡素な梱包だ。長旅でぼろぼろになった封筒から、大層な本が出てきたりするので、いつも驚かされる。

『奥の細道』は、五十年ほど前に、メキシコの詩人オクタビオ・パスと林屋栄吉氏によって翻訳された。これまでスペイン語に訳された日本文学のなかで最も幸運な作品だろう。パスはのちにノーベル文学賞を受賞することになるが、当時は四十歳代の前半で、まだ世界的には知られていなかった。

スペイン語版『奥の細道』はこの半世紀のあいだに、メキシコやスペインなどいくつか国でも刊行され、そのたびに内容が一段と充実してきた。一九七〇年代のラテンアメリカ文学のブームの時代には、スペインの有力なセイクス・バラル社から刊行され、「松尾芭蕉の詩」のほかに、新しく「俳句の伝統」と題された長文の評論が冒頭に付され、訳書とはいえ、パスの代表作のひとつとして、スペイン語圏の各国で広く愛読されるようになった。

今度のペルー版でも、この充実の路線が継承されたようだ。一九九〇年代に日本で刊行された豪華本にならって、与謝蕪村が写した『奥の細道』とパスが翻訳したテキストが左右のページに相対し、さらに蕪村の手になる色刷りの俳画が随所に折り込まれているのである。

かつてさまざまな国の詩人たちと、西洋で初めて連歌の制作に挑んだパスである。ペルー版『奥の細道』では、期せずして、十七世紀の芭蕉や十八世紀の蕪村と時空を超えたコラボレーションをなしとげたといえるかもしれない。魅力を増したこの訳書は、さらに多くの読者を得ていくにちがいない。
「北海道新聞」2003-10-21