2007年2月14日水曜日

Antonio Skarmeta

■スペインのプラネタ賞は今年で52回目をかぞえる。賞金はノーベル文学賞につぐ高額で、60万1千ユーロ(約8000万円)の大盤ぶるまいである。

この懸賞小説には、世界中から500点を超える応募がある。ノーベル賞やセルバンテス賞を受賞したほどの高名な作家も匿名で応募してくる。受賞者リストには彼らの名前が並んでいる。出版社が裏で手を回しているといううわさもときおり流れるが。

今年度の受賞作は、アントニオ・スカルメタ(1940ー )の『ビクトリアのダンス』に決まった。スカルメタはピノチェトの軍政時代に、長くドイツで亡命生活を送ったチリの作家である。

日本では、数年前に話題を呼んだ映画「イル・ポスティーノ」の原作者として記憶されているかもしれない。チリのノーベル賞詩人ネルーダと、彼のもとへ自転車に乗って郵便物をとどける若者との交流を描いた作品だ。木訥(ぼくとつ)な郵便配達人を、イタリアの名優、故マッシモ・トロイージが好演した。

今回の受賞作では、ピノチェト将軍が去ったあとのチリが舞台だ。年老いた大泥棒と、社会に不満と苛立ちをつのらせる若い男女の友情が、ユーモアと詩情を織りまぜて描きだされる。

受賞式の折りの記者会見でスカルメタは、「チリには、苦痛の遺産を背負わされた若者たちがいる。彼らはその苦痛をのりこえようと懸命だ」と語っていた。軍政時代の傷が思わぬところでいまも疼(うず)いているということだろう。

1960年代に華々しくデビューしながらも、これまでマルケスやバルガスリョサら、《ブーム》の作家たちの陰に隠れてきたスカルメタだ。プラネタ賞受賞で名実ともにベストセラー作家の仲間入りを果たすことになる。『ビクトリアのダンス』の初版は21万部だという。「ビクトリアのダンス」はスペイン語で「勝利のダンス」という意味でもある。
「朝日新聞」2003-12-25